第8回復興i-LANDの開催場所「七ヶ浜町」その1

令和3年8月22日(日)に幣団体(一社)JASIA主催の

【第8回 復興 i-LAND】を宮城県七ヶ浜町菖蒲田海岸で開催します

第8回の開催場所として選定させて頂いた「七ヶ浜町」をこのブログでご紹介してみたいと思います。


三方を海に囲まれた地形の七ヶ浜は、町名に由来する通り7つの浜と、その間に広がる多様な海岸線に囲まれた緑あふれる美しい景観で、気候は寒暖の差があまりなく温暖な快適で住みやすい町です。



七ヶ浜町の地形は、中央は丘陵で、海岸に向かって放射状に開いた半島状の形をしています。

人口は約2万人、世帯数は6,568世帯(平成23年3月)、面積は13.27k㎡。

東京都の豊島区、ORI☆姫隊と友好関係にある「高浜の防災を考える市民の会」さんがいらっしゃる愛知県の高浜市と同じくらいの大きさです。


年間観光客数は約3万5千人。



私が子どもの頃住んでいた神奈川県大磯の海水浴場は、海水浴場発祥の地で明治18年(1885)に開かれました。

政財界の要人が別荘を構え、避暑地百選1位になるほどの歴史ある観光スポットです。

そして宮城県内有数の観光客を誇る菖蒲田海水浴場も、大磯海水浴場が開かれた年の3年後の明治21年に、東北地方で初めて開設された歴史ある海水浴場です。美しいロングビーチのシーサイドには、高山外国人避暑地もあり、明治時代から北洋漁業が営まれていて、国際交流が盛んなリゾート地なのです。



菖蒲田海水浴場からWEB番組を配信(2020/7月)

波も良く絶好のサーフポイント



湘南の海の真ん前で育った私は、海が好きで仙台の近くにこのような美しいロケーションがあることを知り、仙台から多賀城、そして2000年頃にはついに念願が叶って、七ヶ浜に移り住むことになりました。桜の名所「君が丘公園」、高台には健康スポーツセンター「アクアリーナ」、そして菖蒲田海岸を見下ろすような絶景の場所に大きくシンボリックに構える文化施設の「七ヶ浜国際村・ホール」があります。この国際村の建築は、平成10年(1998)に公共建築百選に選ばれる程ユニークで美しい建造物をなしています。中庭には放射線状にデザインされたプールとおしゃれな野外ステージが設置されています。


ORI☆姫隊のステージ(WEB配信SHOWROOM番組内で)





館内の大きなホールのステージは著名人も多く招かれています。ステージ奥手の緞帳が上がると、七ヶ浜町菖蒲田海岸の大海原が総ガラス張りの窓越しの背景に突如一大スペクタクル的に現れます。


それは舞台演出の目玉とされる程で一見の価値があります。


実は、私の2人の娘は子どもの頃、バレエやピアノの発表会でこの国際村のホールの舞台に幾度となく上がっていました。





様々な展示会も行われている館内




そんな素敵な国際村も、震災の時は多くの避難者を受入れる「避難所」に



番組内ではスタッフさんが震災の時の状況を語ってくれました






七ヶ浜町は2011年3月11日の東日本大震災で108名の方がお亡くなりになられました

(行方不明者は2名)

お知らせお知らせ|七ヶ浜町www.shichigahama.com



最高震度は5強(本震)

浸水面積520ha 町内の約37%が浸水

最大浸水高11.6m

最大避難者数は約6,150人

応急仮設住宅 7団地 整備戸数421戸






菖蒲田浜に津波が襲った瞬間


直後

海岸前の住宅や民宿など跡形もなく流されました


高台の「七ヶ浜国際村」が荒れ果てた町を見下ろしています


発災当日から約6日間

仙台港の北側のJX 日鉱日石エネルギー(株)仙台製油所が炎上し

仙台、多賀城、七ヶ浜を跨っているため

道路は通行止めとなり七ヶ浜町は陸の孤島になりました

(3月17日開通)

黒煙がもくもくと何日も立ち昇りました





破壊された海浜公園






この写真は私の自宅前



私は個人の活動から、2011年7月にORI☆姫隊を結成して

被災地の子ども達と共に行う復興支援活動をスタートさせました




次のブログでは、七ヶ浜町と震災と私をテーマにブログを書きます。


もしよろしければお付き合いください。